【総論】

炎症性腸疾患は、ヒトの免疫機構に異常が生じ、免疫細胞が腸をはじめとする自身の様々な細胞を攻撃してしまうことで炎症を起こす病気で、患者さんは慢性的な下痢や血便、腹痛といった消化器症状に加え、時として関節痛や皮疹など多様な腸管外合併症を生じます。炎症性腸疾患は、潰瘍性大腸炎とクローン病が代表的疾患ですが、腸管ベーチェット病、家族性地中海熱遺伝子関連腸炎、臓器移植後腸炎、irAE腸炎等の特殊な腸炎の診断治療も積極的に行っています。

 炎症性腸疾患の薬物治療は、一般的に5-アミノサリチル酸(5-ASA)製剤、ステロイド、アザチオプリン等を用い、それらで効果不十分あるいは不耐の中等症から重症の症例には生物学的製剤を用い、下痢、血便、腹痛といった症状の改善、血液検査で炎症反応等の改善、消化管粘膜の炎症や腸管外合併症の改善を目指します。それぞれの薬剤の適応疾患、投与経路(病院での点滴や皮下注射、在宅自己注射、内服)、投与間隔、副作用などに加え、ご本人の年齢や基礎疾患、合併症、全身状態などを総合的に考慮し、使用する薬剤が選択されます。

【潰瘍性大腸炎】

概要

代表的な潰瘍性大腸炎の内視鏡所見
代表的な潰瘍性大腸炎の内視鏡所見

潰瘍性大腸炎は炎症性腸疾患のひとつで、主に大腸にびらんや潰瘍を生じることで下痢、血便、腹痛等を生じる疾患です。重症度は様々で、大腸のごく一部に限局した軽い炎症の方から、全大腸に強い炎症があり1日に10回以上の下痢、血便があり入院加療を要する重症の方までいます。炎症性腸疾患の原因はまだはっきりとはわかっていませんが、近年の研究から遺伝的素因と環境因子を背景として生じる異常な免疫反応や炎症が発症に関係していると考えられています。

診断

診断は、主に症状と下部消化管内視鏡および生検組織学的検査にてなされます。但し、感染性腸炎や放射線性直腸炎など症状や内視鏡所見が類似する疾患も複数あるため、病歴や既往歴等の聴取や培養検査等による鑑別診断は重要であり、クローン病と鑑別が困難な症例に関しては上部消化管内視鏡や必要に応じて小腸検査等を行うこともあります。また、特に重症例においてはCTにより炎症の程度や範囲を確認し、腹腔内膿瘍や中毒性巨大結腸症等の重大な合併症が生じていないか事前に確認することが重要です。

治療

患者さんの病変範囲や重症度に合わせて適切な治療法(5-ASA、アザチオプリン、ステロイド、顆粒球吸着除去療法、免疫抑制剤、生物学的製剤、低分子化合物、外科手術等)を選択します。治療目標はできるだけ発病前の生活が送れるようにすることであり、そのために長期間治療を継続していくことが重要です。多くの患者さんでは適切な治療を行えば症状は改善しますが、薬の減量や中止に伴い症状の再発がしばしばみられます。また、近年多くの薬剤が使用できるようになりましたが、治療薬に対する反応性は患者さんによって異なるため、様々な治療を行ってもなかなか症状が改善しない方もいらっしゃいます。

発がんリスク

炎症性腸疾患の発病後、長期間経過すると、炎症のあった部分からがんが発生しやすくなることが知られています。発がんを予防するために適切な治療で腸の炎症をしっかり鎮静化させておくこと、また定期的な内視鏡スクリーニングが重要です。

【クローン病】

概要

代表的なクローン病の内視鏡所見
代表的なクローン病の内視鏡所見

クローン病は炎症性腸疾患のひとつで、口から肛門までの全消化管に非連続的な炎症を引き起こします。クローン病の病因は未だ判明しておらず、2024年現在、指定難病となっています。主に10-20歳代の若年者にみられ、腹痛や下痢等の症状が生じますが、人によって症状の程度や種類は様々です。世界的にみると、欧米で高い発症率を示していますが、我が国のクローン病の患者数も年々増加傾向が続いています。

診断

下部消化管内視鏡、上部消化管内視鏡、小腸内視鏡(小腸カプセル内視鏡または小腸バルーン内視鏡)にて、特徴的な内視鏡所見と生検組織学的検査等から診断に至ります。小腸病変の精査には、内視鏡検査以外にMRエンテログラフィを用いることもあります。日本人では肛門病変を有する割合が高く、有症状の場合は必要に応じて骨盤MRIを追加し、大腸肛門外科にて専門的な診断治療を行います。また、多様な腸管外合併症を生じる可能性があり、各合併症に対して適切な診療科と連携して診断治療を行います。

治療

クローン病の治療は、活動期の治療である寛解導入療法と再燃予防の治療である寛解維持療法に分けられます。内科的治療は、重症度や合併症などに応じてTop-down療法(最初から生物学的製剤を使用する)を行うか、Step-up療法(5-ASA製剤やアザチオプリンから使用する)を行うか選択します。いずれの場合も一時的にステロイドを用いることがあります。また、クローン病は消化管の狭窄や瘻孔、穿孔、腹腔内膿瘍等の合併症を引き起こすことがしばしばあるため、病変によっては内視鏡的バルーン拡張術や外科手術等を行う必要があります。当院では消化器内科と大腸肛門外科で定期的にIBDカンファレンスを行い、それぞれの患者さんにおいて最も適した治療法を提供できるよう努めています。

【ベーチェット病】

概要

代表的な腸管ベーチェット病の内視鏡所見
代表的な腸管ベーチェット病の内視鏡所見

ベーチェット病は、全身の様々な臓器に多彩な病変が繰り返し出現する炎症性疾患です。本邦の診断基準では「難治性口腔内潰瘍」「外陰部潰瘍」「眼症状」「皮膚症状」が4大主症状とされていますが、約20%の患者さんに消化管病変を合併するため消化器内科でも検査や治療を担当します。典型的な消化管病変は「回盲部(小腸と大腸の繋ぎ目)の境界明瞭な深い潰瘍」とされ、このような病変を認め他疾患(クローン病や感染性腸炎、薬剤性腸炎)が否定できた場合は腸管ベーチェット病と診断されます。腹痛や下痢、血便等の症状を伴いますが、時に消化管穿孔や大量出血等重篤な合併症を来すこともある疾患です。

診断

ベーチェット病には疾患特異的な検査所見がなく、諸臓器の症状の組み合わせで確定診断となります。消化管病変ではCTや下部消化管内視鏡で精査することが多いですが、病変は全消化管に生じる可能性があるため必要時には上部消化管内視鏡や小腸カプセル内視鏡、小腸バルーン内視鏡等も活用して他疾患との鑑別を行います。

治療

腸管ベーチェット病は穿孔や出血などで生命を脅かしうる病気であるため、腸管及び他臓器病変の重症度に応じて慎重に治療方針が決定されます。ベーチェット病の病態には免疫異常が関与するとされており、その治療には免疫の働きを抑える薬が使われることが多いです。具体的には5-ASA製剤、ステロイド、アザチオプリン、生物学的製剤等といった治療薬が用いられます。免疫を抑えることで感染症等の副作用が生じる可能性があるため、定期的に病院を受診いただき注意深くモニタリングしながら、副作用や再発を防ぐ適切な治療を行います。