自己免疫性肝炎と原発性胆汁性胆管炎は共に自己免疫性の肝疾患であり、体内の免疫システムが肝細胞を異物と認識するのが前者、肝臓の中にある胆管上皮細胞を異物と認識するのが後者であり、いずれも肝機能障害を引き起こす指定難病の疾患です。
いずれの疾患も肝機能障害が比較的軽度の場合では自覚症状が乏しいのが現状です。自己免疫性肝炎の場合、発症直後に急に重度の肝機能障害を生じる急性肝炎型や急性肝不全型(劇症肝炎や遅発性肝不全)があり、これらの場合には食欲不振、全身倦怠感、黄疸等が認められます。原発性胆汁性胆管炎の場合、主な症状としては全身の皮膚掻痒感ですが、皮膚掻痒感の症状が出ない場合も多くあります。肝硬変になると、疲労感、浮腫、腹水による腹部膨満感、食道静脈瘤破裂による吐下血等が生じることがあります。
体外から侵入した細菌やウイルスなどを異物と認識して排除する機能が免疫ですが、この免疫システムに異常をきたし、自己の臓器を異物と誤って認識し様々な症状や機能低下を招くのが自己免疫疾患です。その中で肝細胞を異物と認識するのが自己免疫性肝炎、胆管上皮細胞を異物と認識するのが原発性胆汁性胆管炎であり、いずれも肝機能障害を引き起こします。なお、原発性胆汁性胆管炎は2016
年に原発性胆汁性肝硬変から改称されました。肝機能障害(肝炎)が持続し、治療を受けないままでいると免疫システムの異常が鎮静化せず、肝硬変へと悪化する可能性があります。
いずれも中年以降の女性に発症しやすく、両疾患を併発する場合もあります。自己免疫機序の詳細なメカニズムは未だ不明ですが、遺伝的な素因、ウイルス感染・薬剤の誘因が報告されており、他の自己免疫疾患との合併も知られています。
急性肝炎型自己免疫性肝炎などを除き多くの例ではほとんど症状がないため、健診など偶然の血液検査で肝機能障害をきっかけに発見されています。他の自己免疫疾患の検査中に見つかることもあり、以前に比べ、治療機会が増えるようになりました。
いずれの疾患も血液検査と、肝組織を採取し病理医により顕微鏡で評価してもらう病理組織検査の二つによって診断されます。血液検査では、自己免疫性肝炎は血清AST・ALT値の肝酵素上昇、抗核抗体陽性、血清IgG高値であること(表1)、原発性胆汁性胆管炎は血清γGTP・ALPの胆道系酵素上昇、抗ミトコンドリア抗体陽性(特にM2抗体が疾患に深く関与)、血清IgM高値であること(表2)が診断の基準となります。病理組織検査では、表1、2にあるようにそれぞれの疾患に特徴的な所見に基づいて診断されます。自己免疫性肝炎の一部では、抗核抗体以外に、抗平滑筋抗体、肝腎ミクロゾーム1抗体といった自己抗体の出現も知られており、原発性胆汁性胆管炎では、抗セントロメア抗体や抗gp210抗体が陽性になる症例も報告されており、診断の一助となります。基本的には、上記の臨床検査値と組織所見、臨床経過を総合して診断が行われていますが、中には、治療前に確定診断に至らず、治療反応性により診断される場合もあります。
(表1,2)
自己免疫性肝炎では、他の自己免疫疾患と同様、副腎皮質ステロイドという免疫を抑える薬剤(商品名:プレドニゾロン)が有効です。欧米では、初期治療からステロイドと他の免疫抑制剤を併用しますが、国内では通常副腎皮質ステロイドとして体重あたり0.6
mg/kg/日以上のプレドニゾロンを投与します。投与後、肝酵素の数値の改善を確認し、1-2週あたり5 mg、その後は2-4週あたり2.5
mgを目安に漸減していきます。急速な減量は肝機能悪化(再燃)の原因となるため、副作用に留意しながら肝酵素の値を基準範囲内に保つよう漸減し、最終的に最低限の維持量を長期で継続します。一部の症例では、ステロイドを中止することも可能ですが、減量による増悪が懸念されますので、ステロイドの投与を一生続けることも少なくありません。ステロイドの効果が不十分で肝機能のコントロールがつかない場合は、他の免疫抑制剤を使用することがあります。ステロイドには、感染症、糖尿病、緑内障、白内障、骨粗鬆症といった副作用があり、適宜予防薬の投与が必要とされます。
原発性胆汁性胆管炎では、薬物療法が中心となり、ウルソデオキシコール酸(商品名:ウルソ)という薬に病態の進行を抑える働きがあることが分かり、重症例以外では第1選択として広く使われています。この薬は胆汁の成分である胆汁酸の一種で、肝臓の細胞を保護する働きがあります。まれに、副作用として胃痛や下痢などの消化器症状が見られますが、多くは副作用がみられず長期的に内服することが可能です。ウルソの効果が乏しい人には、脂質異常症の治療薬であるベザフィブラート(商品名:ベザトール)という薬が有効であることも報告されています。さらに、この疾患に特徴的なかゆみの症状に対しては、抗ヒスタミン薬や胆汁成分を吸着するコレスチラミン(商品名:コレバイン)が処方され、近年では新しい止痒薬であるナルフラフィン塩酸塩(商品名:レミッチ)も開発され、高い効果がみられるようになりました。
いずれの疾患も進行して肝硬変に至った場合は、他の原因による肝硬変と同様に、腹水や肝性脳症に対する治療が行われます。食道や胃の静脈瘤に対しては、出血の危険性が高いと予測すれば予防的に内視鏡を使った治療が行われます。
当科では自己免疫性肝炎と原発性胆汁性胆管炎に対して年間20~30例の肝生検を行い、生検せずに診断・治療に至っている例と併せると、日本国内でも有数の症例数を有しております。前者に対しては、速やかな診断とステロイド治療の導入を行い、維持療法を継続している症例の再燃も低く抑えられており、9割以上の良好な治療成績をおさめています。他施設では、症状が乏しい場合や自然軽快傾向がある場合にはステロイドを使わずに様子を見ることも多いようですが、そのような症例も通院の自己中断などで高率に増悪を来たすことが報告されています。当科では自然軽快が見込めない際でも速やかにステロイド治療の導入を考えており、投与中断による病気の再燃を防ぐために、維持療法はできる限り長く行うようにしています。後者に対しても、自然軽快が見込めない際は速やかにウルソデオキシコール酸を始めとした薬物治療を開始し、自己中断による病気の再燃が起きないよう、日々の診療に配慮しています。
また、自己免疫性肝炎では急性発症型のようにステロイドの治療開始でも重症化する例が報告されています。ステロイドパルス療法や人工肝補助療法といった集学的治療から肝移植も視野に入れた移植治療まで必要になる例が見られます。原発性胆汁性胆管炎でも、肝硬変が進み、内科的な治療が奏功しなくなると肝移植の治療が検討されます。肝移植では、身内に肝臓を提供する方がいる場合は生体部分肝移植が行われ、そうでない場合には脳死肝移植が検討されます。当科では移植外科のチームと合同でこれらの症例にも熱心に取り組んでおり、多くの良好な治療成績を挙げています。
自己免疫性肝炎と原発性胆汁性胆管炎は内科的な治療で肝機能のコントロールが維持できる疾患ですが、なかには診断や治療に苦慮する症例があり、肝移植に至る症例も認められます。当科は移植外科と合同でこれらの困難な症例に取り組んでおり、豊富な経験数をもっていることから、双方の疾患に十分な対応ができる施設であると言えます。